資料・JOCジャーナル 2013年4月17日掲載 / 記事番号:4386075619

バイオセラミックスを用いた農場のバイオセキュリティ強化

この記事はJOCジャーナル68号に掲載されたものです



北里大学 獣医学部獣医学科 人獣共通感染症学研究室 准教授 竹原一明(現 東京農工大学大学院 教授) 

はじめに

 わが国でダチョウが商業的に飼養されるようになってすでに20年以上が経過している。1995年時点では500羽程度であったダチョウが、急激に増加し、2003年時点で約10,000羽になった。当初は畜産業の経験がない様々な分野の人もダチョウ産業に参入したことから、病気対策の不備が懸念された。そこで、鶏病研究会では2002年に、多くのダチョウ飼養者にダチョウの病気について理解をしてもらうために、家畜衛生学的な観点から「ダチョウの感染症」をとりまとめた。日本オーストリッチ協議会(JOC)においても、飼養者の衛生概念を高めるよう、ニューカッスル病(ND)のワクチン接種キャンペーンを2004年から開始した。NDは、養鶏産業においては世界的に恐れられている疾病で、ワクチン接種なしには防除できない。実際、イスラエルや南アフリカでは、ダチョウにNDワクチンを接種している。一般に、成ダチョウは比較的病気に対して抵抗性であり、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)ウイルスに感染しても、症状を出さなかったことが報告されているが、同時にウイルスを環境中にまき散らしていたことも報告されている。つまり、感染源になり得る。ダチョウに病原体が侵入できず、侵入したとしても病原体がダチョウ体内で増えることができないのであれば良いが、実際には侵入して体内で増殖し、体外に排出される。2歳未満のダチョウでは、症状を出して死亡する例も認められる。

 2008年12月、ダチョウは、キジ、ホロホロ鳥とともに、HPAIについて家畜伝染病予防法(家伝法)で規定する「家きん」に指定された。これまで、法的には対象外であったが、HPAI発生に対しては行政措置が取られることになった。なお、2005年9月からは、ダチョウは輸入検疫の対象になっている。

2003年以降、世界的にトリインフルエンザウイルス(AIV)H5N1亜型によるHPAIが蔓延している。わが国でも2004年、2007年に養鶏場で発生が見られ、2008年4月と5月には、野鳥である白鳥からもAIV H5N1が分離された。弱毒型ではあるが、2005年には鶏でH5N2の、2009年にはウズラでH7N6のHPAIが発生した。農林水産省の定める「家畜伝染病予防法施行規則」には、鳥インフルエンザ(AI)が発生した場合の対処法に関して、消石灰による消毒が記載されている。2007年にも、農林水産省消費・安全局動物衛生課国内防疫調整官からの事務連絡(2007年1月30日)として、バイオセキュリティを強化するために、防鳥ネットの設置とともに消石灰あるいはこれと同等な消毒を施すよう指導している。しかし、消石灰は雨に濡れ、主成分である水酸化カルシウム(Ca(OH)2)が炭酸カルシウム(CaCO3)になると効果が消失する。そこで、安価で、水に濡れても効果を消失せず、有機物存在下でも効果的なバイオセキュリティ強化資材が求められている。当研究室では、東北地方に飛来する野鳥が保有するウイルスのサーベイランスを2002年から実施しているが、H5やH7亜型を含む多くのAIVが野鳥から検出されている。日本のすべてのHPAIウイルスが野鳥により持ち込まれたかどうかは不明であるが、HPAIウイルスやその他の病原体を農場に持ち込まない、バイオセキュリティの強化は、重要である。

バイオセラミックス

 当研究室では、鶏糞を還元燒結処理することにより、炭素と窒素原子が除去された無機物、すなわち鶏糞セラミックについて、その抗微生物作用を調べた。なお、鶏糞セラミックは、NMG環境開発株式会社が開発したプラントで作製した。本プラントでは、投入鶏糞の10分の1量程度のセラミックが、投与翌日に生産される。焼却ではなく、加熱処理であり、最初に電気で加熱を起こすと、あとは、鶏糞のカロリーで加熱が続き、外部からの電気や油の供給はない。出来上がったセラミックは粉末状で、臭いはほとんどない。なお、このプラントは、鶏糞のみならず、牛糞、おから、エノキ等、様々な未利用資源をセラミックス化することが可能で、主成分は多少異なるが、いずれも、下記に示す抗ウイルス活性(抗AIV活性)が認められている。

抗ウイルス活性試験

 当研究室で野鳥から分離された高病原性鳥インフルエンザウイルスであるH5N2あるいはH7N1(いずれも弱毒型)をこの鶏糞セラミックと混合し、室温に20時間静置した。翌日、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を添加してウイルスを回収し、遠心後の上清を感受性細胞であるMDCK細胞に接種し、残存ウイルスの力価を測定した。その結果、セラミックに感作させなかった対照では、50%組織培養感染量(TCID50)で、107TCID50/mlであったのに対し、感作ウイルスでは、H5N2、H7N1いずれも、検出限界未満あるいは、対照との差が100,000倍以上となった。通常、感染価で1000倍以上の低下が認められた場合、抗ウイルス効果があったと考えられていることから、鶏糞セラミックに抗AIV効果があったと言える。また、比較的抵抗性である鶏アデノウイルスを用いた試験においても、セラミックと混合した場合、ウイルス活性が認められなくなり、抗ウイルス効果があった。

 同様に、牛糞、おから、エノキ由来のセラミックスで、抗AIV試験を行ったところ、20時間感作で、1000倍以上のウイルス力価の低下が認められた。

洗浄試験

 消石灰は雨にあった後、pHが低下(酸化)して活性がなくなることから、セラミックを水で洗浄した。セラミックに水を加え混合すると、1分間もしないうちに沈殿する。上澄みのpHは10.6を示した。遠心して得られた沈殿に、再度、水を加えてから遠心してと、この洗浄操作を10回繰り返した。10回洗浄後の、上澄みのpHは9.6を示し、pHはほとんど変化しなかった。洗浄後のセラミックを乾燥させ、ウイルスを添加して、抗ウイルス活性が変化したかどうかを調べた。その結果、10回の洗浄後も、感作ウイルスは検出限界未満101.5TCID50/mlとなり、セラミックスは濡れたあとも、抗ウイルス効果を維持していることがわかった。なお、pHが10.6の上澄みでは、抗AIVは認められず、セラミックのpHが高いことによる不活化ではないと思われる。

有機物存在下での抗AIV活性

 まず、有機物として牛胎児血清(FCS)を用いた。AIVにFCSを33%混ぜ、それを鶏糞セラミックと混合した。しかし、抗ウイルス効果には、まったく影響が無く、FCSと共に感作させた場合でもAIVは検出限界未満に力価が低下した。次に、生鶏糞を鶏糞セラミックと混合し、その後、ウイルス液を添加した。この場合、生鶏糞とウイルスを混合した対照では、ウイルス測定用のMDCK細胞がカビに覆われてしまい、測定できなかった。セラミック感作では、カビは生えず、ウイルスも検出されなかった。すなわち、有機物存在下でも抗AIV活性があり、さらに、ウイルスのみでなく、細菌やカビも抑制すると考えられた。

セラミックの野外応用試験

 鶏糞セラミックを家庭菜園の畝の間に厚さ約1cmになるように撒き、11月から4月まで、定期的にセラミックを採取し、実験室内で、抗AIV活性の有無について測定した。その結果、5ヶ月後のセラミックでも抗AIV活性が認められた。なお、5ヶ月間には雨も降り、太陽光に照らされ、雪も積もったが、長期間にわたり、抗ウイルス活性が維持されていたことを示す。

まとめ

 従来、畜産現場、特に生きた家畜・家禽が多数飼養されている状況では、たくさんの有機物が存在するため、完全な消毒は困難であり、消石灰は比較的有機物存在下でも効果を発揮すると考えられ、鶏舎周辺や踏み込み消毒槽などに用いられてきた。しかし、鶏舎周辺にまいても、降雨後は、再び播く必要があった。今回ここに紹介した、鶏糞セラミックは、抗ウイルス効果や抗細菌効果を示し、また、それらの効果は、水で洗浄後や有機物存在下でも低下しなかった。さらに、長期間、野外に散布した後にも、抗ウイルス効果を示した。これらの効果は、本鶏糞セラミックは、畜産現場でのバイオセキュリティ強化資材として、十分検討の余地があり、AI対策のみならず、他のウイルス性・細菌性疾病対策としても、有用であると考えられた。なお、詳細なデータについては、専門誌Avian Diseases 53: 34-38, 2009に掲載されているので参照されたし。

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